飛行神社
ゴールデンウイーク最後の日曜日、近畿は朝から雨でした。
雨の日にも楽しめる何かいい事はないかなと考えて、飛行神社におまいりすることにしました。

京都と大阪の境、宇治川、桂川、木津川の三川が合流する辺りに八幡市があります。
京阪電車の八幡市駅を降りて徒歩5分ほどで飛行神社に到着です。

此処は日本の模型飛行機の元祖としてあまりにも有名な「カラス型飛行器」を作り上げ、さらには人類初の有人飛行に成功したかも知れなかった「玉虫型飛行器」を完成させたあの「二宮忠八翁」が、後進の飛行機開発者達の魂の拠り所として建てられたという、飛行機好きにはなんともゆかしい神社です。
さっそく絵馬を奉納してお参りをしました。



拝殿の前には航空関係者の寄進による洋風神殿のようなエントランス。
そこには美しいステンドグラスがはめ込まれていました。



バッタ、トンボ、飛び魚‥
境内には二宮忠八資料館が併設されていました。
社務所で尋ねると300円の入館料で見せていただけるとの事、さっそく中に入ってみます。

先ず驚いたのは、二宮忠八氏自身が若き日に作られたカラス型飛行器の現物が展示されていたこと。

100年以上も前に、何のお手本も無く、まったく独創的な発想で作られた本邦初の模型飛行機は、現在の模型飛行機と比べても何ら遜色の無い、本当に完成度の高いものであった事がわかりました。
そして玉虫型飛行器。

この頃二宮氏は甲虫の飛行研究に没頭されていたと言うことで、機体の構成は昆虫のイメージに近くなっています。
後年この機体のレプリカモデルが作られ、実際の有人飛行に何度も成功しています。

この後ケーブルカーに乗って、飛行神社のすぐ近くの「石清水八幡神社」にも行ってみました。

雨に煙る境内を傘を差して歩きつ考えました。


飛行機を開発するというのは純粋に科学です。
しかし飛行機というものの有用性が認められるまでは、研究を続けるためにはそれが実現することの素晴らしさを文学的、あるいは芸術的に訴えなければならなかったわけです。

観察者、開発者である二宮忠八氏が優れた表現者としても自分自身を高めて行った様が、時間軸にそって展示された資料を見る事で、とても良くわかりました。

より良い生き方のための「欲求を明らかにする芸術」
そして、より良い生き方の「方策を紡ぎ出す科学」

その二つの価値の行き着く先が、超科学超芸術である信仰の世界だった。
つまりは‥
それを「愛の境地」と言えばいいのかな‥
飛行神社を訪れて、自分などには到底辿り着けるはずもない探求者の足跡に、深く感じ入ったのでありました。
雨の日にも楽しめる何かいい事はないかなと考えて、飛行神社におまいりすることにしました。

京都と大阪の境、宇治川、桂川、木津川の三川が合流する辺りに八幡市があります。
京阪電車の八幡市駅を降りて徒歩5分ほどで飛行神社に到着です。

此処は日本の模型飛行機の元祖としてあまりにも有名な「カラス型飛行器」を作り上げ、さらには人類初の有人飛行に成功したかも知れなかった「玉虫型飛行器」を完成させたあの「二宮忠八翁」が、後進の飛行機開発者達の魂の拠り所として建てられたという、飛行機好きにはなんともゆかしい神社です。
さっそく絵馬を奉納してお参りをしました。



拝殿の前には航空関係者の寄進による洋風神殿のようなエントランス。
そこには美しいステンドグラスがはめ込まれていました。



バッタ、トンボ、飛び魚‥
境内には二宮忠八資料館が併設されていました。
社務所で尋ねると300円の入館料で見せていただけるとの事、さっそく中に入ってみます。

先ず驚いたのは、二宮忠八氏自身が若き日に作られたカラス型飛行器の現物が展示されていたこと。

100年以上も前に、何のお手本も無く、まったく独創的な発想で作られた本邦初の模型飛行機は、現在の模型飛行機と比べても何ら遜色の無い、本当に完成度の高いものであった事がわかりました。
そして玉虫型飛行器。

この頃二宮氏は甲虫の飛行研究に没頭されていたと言うことで、機体の構成は昆虫のイメージに近くなっています。
後年この機体のレプリカモデルが作られ、実際の有人飛行に何度も成功しています。

この後ケーブルカーに乗って、飛行神社のすぐ近くの「石清水八幡神社」にも行ってみました。

雨に煙る境内を傘を差して歩きつ考えました。


飛行機を開発するというのは純粋に科学です。
しかし飛行機というものの有用性が認められるまでは、研究を続けるためにはそれが実現することの素晴らしさを文学的、あるいは芸術的に訴えなければならなかったわけです。

観察者、開発者である二宮忠八氏が優れた表現者としても自分自身を高めて行った様が、時間軸にそって展示された資料を見る事で、とても良くわかりました。

より良い生き方のための「欲求を明らかにする芸術」
そして、より良い生き方の「方策を紡ぎ出す科学」

その二つの価値の行き着く先が、超科学超芸術である信仰の世界だった。
つまりは‥
それを「愛の境地」と言えばいいのかな‥
飛行神社を訪れて、自分などには到底辿り着けるはずもない探求者の足跡に、深く感じ入ったのでありました。
