夢の模型飛行機

こんな模型飛行機があったらいいな。そう思ったたくさんの人たちがこんなに素敵なもの作りました。

2017-09

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僕がこの川をキレイだと思う理由

大和川のそれも下流の方で水上機を飛ばしているなんて言うと
「えっ、あんな汚い川でそんな事してるの」
と呆れられたり、眉を顰められたりしてしまいます。

つい最近まで大和川と言えば日本一汚い一級河川として全国でも有名な川でした。四万十川とは対極にある悪い川の見本。「よくもまあ」と言われて当然です。

それでも、僕にはいまのこの川がキレイに見えて仕方ないのですが、そこには理由ががあるのです。

僕は子供の時、この川の南の方にある町で暮らしていました。
家の近くには石津川と言う小さな川が流れていました。
川は高い土手から急斜面で河原へと落ち込む大きな溝のような状態で、とても河原になど降りられないと思っていましたが、小学3年生のぐらいの時、河原へと続くケモノ道のような雑草の分け目を見つけたのです。

好奇心に駆られた僕はその道を河原へと降りてゆきました。
滑りやすくて草の根元をつかみながら少しづつ。河原の砂地へと降りる手前に打ち込まれた鉄の帯板があって胸の高さぐらいの段になっていたのですが、何気なく飛び下りて河端の砂地に降り立ちました。

最初はちょっとした冒険気分でした。
河原を少し歩いてゆくと、その川に流れ込むたくさんの排水管がある事に気がつきました。そこから流れ出る汚い水が砂地に細い流れを作っています。
そのうち一つの流れに、目が釘付けになりました。
驚くほどに鮮やかな青い水が流れていました。
きれいな水の青さなどではなく、ブルーの絵の具をたっぷり水に溶いたような凄みのある青さでした。驚いて立ちすくんでいるうち、その流れの周りの石や砂が真っ白である事に気がつきました。
まるで色が無くなってしまったような白さでした。
水に触れている石は青く染まりそうなものなのに、石は真っ白なままでした。
白い石がふと、骨のように思えてきました。

今になって思えば、辺りはさらし工場や染め物工場が林立する土地柄でしたので、それはそれらの工場からの排水に違いなかったのでしょう。

けど子供だった僕は、見てはいけないモノを見てしまった気がして、言い様のない恐ろしさに震えあがりました。

そう言えば大雨の日、牛の死骸が流れてきたと言っていた人が居た。何処からか鶏の腐った死骸がたくさん流れてきて、川が埋まってしまった話をしていた人が居た。そんな話を思い出し、いま自分がとんでもない場所をうろついているのだと、気がつきました。
あまりの恐ろしさに駆け出しました。

自分が降りてきた場所に行くと、さっき簡単に飛び下りた段差が下からは登れない事に気がつきました。

動転して登り口を探しながら河原を歩きます。
そのうち、いつも通る橋の下に辿り着きました。
見上げると一度も見た事のなかった橋の裏側が見えます。
緑に塗られたガーター橋の裏には補強の為の鉄骨がクロスに溶接されていて、大きな×がいっぱい。一度こちらに来たものは帰れない、そんなサインに見えました。
僕は泣きながら河原を走りました。

そこからどうやって家に戻ったのかはよく覚えていません。
たぶん河原に落ちていたがらくたを足場にして登ったのでしょうが、それ以来、川が大嫌いになりました。

それから十年ほどして、付き合いのあった友達は大和川の畔に住んでいました。
その友人とあう度、二人して川の土手を歩いたのですが、あまりいい気分にはなりませんでした。
70年代の中頃でしたから、この川が最も汚染されていた頃に違いありません。
いつも種類の違う嫌なにおいがしていました。
ある時橋の上から流れを見ると、濁った水の中に真っ黒な重油のような水が帯になって川の中程を見え隠れしながら流れてゆくのが見えました。
良くない生き物が産まれかけているのかも知れないと本気で思いました。

それから30年が経って僕はこの川で遊ぶようになりました。

大和川を見直そうと思ったきっかけは淀川に鮎が戻って来たと言うニュースに接した事でした。奥さんと二人休日に出かけては、淀川畔の川歩きをしました。排水規制が厳しく行われ、知れば知るほど、その水が30年前とは比べ物にならないほど、キレイになっているという事を知ったのです。
なら、あの大和川はどうだろう。
大和川での川歩きを始めて間もなく、ここで模型飛行機を飛ばす人達に出会いました。
そして川の実態調査を兼ねての水上飛行機遊びへとのめり込んでいったのです。

実際、大和川はまだ淀川ほどには美しくなっていません。
排水規制が厳しくなって河川は昔よりはるかにキレイになりましたが、大雨の後などは周辺の街の排水路が開けられ、街の汚水が怒濤となって流れ込みます。普段は流す事を禁じられているものも、どさくさにまぎれて流されているようです。

しかしそんな大雨から3、4日が過ぎた時の川の素晴らしさには驚きます。

砂地に広がったヘドロのような泥土もかつてとは違い、活発に活動するようになった河原の微生物が分解して、数日で美しい砂に戻ります。
そして山から流れてきた清水が、濁った水を押し流しながら下流にまで届くと、その澄み切った流れのキレイなこと。

現在の大和川は生き物の姿が濃いです。

水の中にはきたない水の象徴のような鯉がたくさんいます。けど小さなボラも群れで上がってきて忙しく泳ぎ回っています。フナも徐々にですが数を増やしているそうです。アメリカ産のアカミミガメに混じって、石亀や草亀も頑張っています。
澄んだ水の底を1mぐらいの大ナマズが悠然と泳ぐ姿も見ました。
先日は何故か海猫が大挙して押寄せ水辺で遊んでいました。鵜や青鷺はいつもたくさんいます。真っ白な小鷺は、水上機を飛ばすすぐ近くで餌を狙っていたりします。

一昨年の夏、初めて大和川で泳ぐ子供達を見ました。
自転車を土手に置いて、水辺でパンツ一枚になって。

水の本当にきれいな日でした。

生きているうちに、この川にこんな日がやってくるとは思っていませんでした。自分達が子供の頃には思いもよらなかった、おとぎ話のような光景‥‥
川の事で泣いてしまったのは小学3年生の時以来2度めでした。

子供達は大和川で泳いだと言えば家で叱られてしまうかもしれません。
「危ないじゃないの」
それはもっともです。
「あんな汚い川で」
すみません、ちょっと待ってください。
子供だってそれなりに敏感なんです。本当に健康を害するような不潔さや、汚染には好き好んで近付いてゆきません。

信じてください。
その日、大和川は本当にきれいだったんです。

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海猫。7月でしたのでユリカモメじゃありません。北に渡ってゆく途中に立ち寄ったのでしょうか。
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コメント

キレイな大和川

何度も読み返してしまいました。
私が子供の頃は、夏になると、毎日のように大和川で泳いでいました。まだ小学校にプールがなかった頃です。潜ってモリで魚をとっていたのを思い出します。
その後、高度経済成長と汚染が始まり、以来何十年も河原に下りたことすらありませんでした。
子供が再び川で泳いでいると聞いて、驚くと共に、感慨深いものがあります。
(これは、夏が終わるまでに何としても水上機を作り上げて、もう一度河原に立たねば)

暖かいコメントに感謝します。

自分一人が大和川への思い込みを強くしているのかと考えたりしていましたが、暖かいコメントを頂き心強い思いがいたしました。
Terryさんはこの川がまだ綺麗だった頃の事を御存じなんですね。
僕は子供の頃、そんな美しかった頃の川の話を聞く度に、まるでおとぎ話か伝説を聞くような気分で、汚染された泥水のような川の流れを見つめていました。

機体の製作頑張ってください。
少しぐらい濁った水を駆け抜けても、水上機の立てる波しぶきは白く輝いてきれいです。

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