林先生の飛行機
ものすごく嬉しい事がこの連休中にありました。
あの三好氏が先輩と呼ぶ林氏と4年ぶりにフィールドでお遇いしたのです。
旧日本海軍の艦戴水偵の偵察員をしていらした林氏は80台半ばの御高齢ですが、久しぶりにお目にかかったお顔はお元気そのもの!
もう嬉しくてたまりませんでした。

林氏と初めてお会いしたのは今から20年ほど前、長居公園でゴム動力フリー機やハンドランチグライダーが盛んだった頃の広場でした。(この頃は僕もフリーのゴム動力機をやっていました)
それから時折様々な広場やフィールドでお遇いしていたのですが4年ほど前に
「僕ももう年齢的に厳しいのでこの飛行機を最後に模型はおしまいにするか」と、
複葉のアブロ単発旅客機を飛ばして見せて下さったのを最後にフィールドでお会いする事がなくなってしまいました。
戦後中学校の絵画の教師をしていらした林氏(教師時代を知る人は今も林先生と呼びます)は最近は絵の方に没頭されていたそうです。「でもストレス解消に飛行機は作ってたよ」と、久しぶりにと見せて頂いた飛行機の可愛いいこと。
イエローカブの主翼を利用して作られたオリジナルの高翼機

ユニオンのコアレスモーターユニットでパワフルです。

僕のブレーキ号などの窓の描き方は林先生の影響が強いことが解ります。
そして奇麗な複葉機。

主翼はバルサの骨組みに上面だけフィルムを貼ったカンバー翼。
翼間支柱はゴム止めです。

スチレンボードで製作された機体はこちらでは林氏が先駆け。
4年前には主翼も含めて全てをスチレンボードで製作されたセミスケール機の飛行に見事成功されているのです。

林先生の飛行機が我々のボード機に先んじているのはその色彩においてです。
アクリル絵の具で色合わせをしてイメージの通りに塗装された機体には、消耗品ではない模型の風格が確かに備わっています。

林先生、季節のいいうちにまた、爽やかなフィールドでお遇いできることを、楽しみにしています。
あの三好氏が先輩と呼ぶ林氏と4年ぶりにフィールドでお遇いしたのです。
旧日本海軍の艦戴水偵の偵察員をしていらした林氏は80台半ばの御高齢ですが、久しぶりにお目にかかったお顔はお元気そのもの!
もう嬉しくてたまりませんでした。

林氏と初めてお会いしたのは今から20年ほど前、長居公園でゴム動力フリー機やハンドランチグライダーが盛んだった頃の広場でした。(この頃は僕もフリーのゴム動力機をやっていました)
それから時折様々な広場やフィールドでお遇いしていたのですが4年ほど前に
「僕ももう年齢的に厳しいのでこの飛行機を最後に模型はおしまいにするか」と、
複葉のアブロ単発旅客機を飛ばして見せて下さったのを最後にフィールドでお会いする事がなくなってしまいました。
戦後中学校の絵画の教師をしていらした林氏(教師時代を知る人は今も林先生と呼びます)は最近は絵の方に没頭されていたそうです。「でもストレス解消に飛行機は作ってたよ」と、久しぶりにと見せて頂いた飛行機の可愛いいこと。
イエローカブの主翼を利用して作られたオリジナルの高翼機

ユニオンのコアレスモーターユニットでパワフルです。

僕のブレーキ号などの窓の描き方は林先生の影響が強いことが解ります。
そして奇麗な複葉機。

主翼はバルサの骨組みに上面だけフィルムを貼ったカンバー翼。
翼間支柱はゴム止めです。

スチレンボードで製作された機体はこちらでは林氏が先駆け。
4年前には主翼も含めて全てをスチレンボードで製作されたセミスケール機の飛行に見事成功されているのです。

林先生の飛行機が我々のボード機に先んじているのはその色彩においてです。
アクリル絵の具で色合わせをしてイメージの通りに塗装された機体には、消耗品ではない模型の風格が確かに備わっています。

林先生、季節のいいうちにまた、爽やかなフィールドでお遇いできることを、楽しみにしています。
「模型のお作法」
昨年、富士の釘宮さんをお訪ねして二日の間いろいろお話を伺った中で、いまも強く心に残っている言葉があります。
氏の素晴らしい模型の数々に感嘆しながら、その一つ一つに惜しみなく込められた手間と工夫に見とれている時に、釘宮さんが何気なくおっしゃった言葉。
「一生懸命作るのは模型のお作法みたいなもんだよ」
その古めかしい「お作法」という言葉の新鮮さに驚きました。
「作法」なんて言葉は、形骸化した儀礼を人に押し付けようとする脅迫的な言い回し、もしくはそのつまらないパロディーに過ぎないと思っていた僕には、ちょっとしたショックでもありました。
模型はそれを作ろうとする人なら誰だって一生懸命作ります。
手先の器用さや経験の深さの違い、さらにはそれに費やせる時間の差、そんなもので模型の出来栄えは人それぞれです。
持ち前の器用さに修練を重ね、丹精込めて生み出された模型の生む無素晴らしい感動。
けど、決して器用な人が作ったものではなくても、ながめているだけで幸福な気分にしてくれる深い愛情が込められた模型があります。またそれとは別に決して手を掛けたとは思えないような一見粗雑にさえ見える模型でも、そこに製作者の情念や工夫、絶対譲れない気分のようなものが感じられると、やはりその模型に強く惹きつけられてしまうのです。
そんな所に「お作法」という言葉を当てはめてみると、しっくり来ます。
「模型のお作法」とは、徹底的に自分流にこだわると言うことではないかと思います。
僕の場合、とにかく形になって試せればそれでいいという手抜き至上主義のような模型作りに始まり、それこそが自分流だと思っていたりしました。けど三十歳を過ぎた頃から、さあこれで完成と思った後にもうひと手間、駄目押しのような何かを込めてみることにしたのです。でも「手間」なのにこれもまた「手抜き」になるのですが、手抜きに手抜きを重ねながらも、結局、模型をいじっている時間がそれまでより長くなりました。
するとなおのこと模型が大好きになってしまいました。
模型への愛情が深くなれば、それの取り扱い方もまた優しくなります。
龍田さんは良いかばんを見つけて模型飛行機を大切におんぶしてきます。

自分流にこだわればこだわるほど他人流の良さや魅力が見えてきます。
なるほど。
まったく違うように見えるそれぞれの「模型のお作法」もまた、やはり人間の深いところで繋がっているんだな。
そんな事を感じて、ちょっと幸せなこの頃です。
氏の素晴らしい模型の数々に感嘆しながら、その一つ一つに惜しみなく込められた手間と工夫に見とれている時に、釘宮さんが何気なくおっしゃった言葉。
「一生懸命作るのは模型のお作法みたいなもんだよ」
その古めかしい「お作法」という言葉の新鮮さに驚きました。
「作法」なんて言葉は、形骸化した儀礼を人に押し付けようとする脅迫的な言い回し、もしくはそのつまらないパロディーに過ぎないと思っていた僕には、ちょっとしたショックでもありました。
模型はそれを作ろうとする人なら誰だって一生懸命作ります。
手先の器用さや経験の深さの違い、さらにはそれに費やせる時間の差、そんなもので模型の出来栄えは人それぞれです。
持ち前の器用さに修練を重ね、丹精込めて生み出された模型の生む無素晴らしい感動。
けど、決して器用な人が作ったものではなくても、ながめているだけで幸福な気分にしてくれる深い愛情が込められた模型があります。またそれとは別に決して手を掛けたとは思えないような一見粗雑にさえ見える模型でも、そこに製作者の情念や工夫、絶対譲れない気分のようなものが感じられると、やはりその模型に強く惹きつけられてしまうのです。
そんな所に「お作法」という言葉を当てはめてみると、しっくり来ます。
「模型のお作法」とは、徹底的に自分流にこだわると言うことではないかと思います。
僕の場合、とにかく形になって試せればそれでいいという手抜き至上主義のような模型作りに始まり、それこそが自分流だと思っていたりしました。けど三十歳を過ぎた頃から、さあこれで完成と思った後にもうひと手間、駄目押しのような何かを込めてみることにしたのです。でも「手間」なのにこれもまた「手抜き」になるのですが、手抜きに手抜きを重ねながらも、結局、模型をいじっている時間がそれまでより長くなりました。
するとなおのこと模型が大好きになってしまいました。
模型への愛情が深くなれば、それの取り扱い方もまた優しくなります。
龍田さんは良いかばんを見つけて模型飛行機を大切におんぶしてきます。

自分流にこだわればこだわるほど他人流の良さや魅力が見えてきます。
なるほど。
まったく違うように見えるそれぞれの「模型のお作法」もまた、やはり人間の深いところで繋がっているんだな。
そんな事を感じて、ちょっと幸せなこの頃です。
龍田氏のフィールドBOX
好奇心や探究心、あるいは心地よい緊張感を得るためや、スキルアップのため。模型飛行機を飛ばしたいと思う理由は色々ありますが、中でも最も簡単そうにみえて、実は難しいのが「リラックスのために飛行機を飛ばす」という事ではないかな、と、最近思っています。
龍田さんはリラックス飛行の達人です。
風の強い日や雨模様の時には龍田氏は決して飛行機を飛ばしません。
「こんな風なら大丈夫だよ」と仲間がけしかけても、自分が飛行に適さないと思った日には何と言われようと決して飛行機を空に上げようとはしません。
これこそがリラックス飛行の極意じゃないかと僕は睨んでいるのです。
穏やかな人柄の龍田氏ですが、飛行機には氏のこだわりがあふれています。
この機体は三好氏が製作されたオリジナル機ですが、龍田氏の手に渡ってからは独自の改造とセッティングの変更が行われ、飛行も雰囲気も全く別の新たなオリジナリティーを獲得したように思えます。

フィールドBOXの中にもリラックス飛行のための様々な秘密が詰まっています。
たくさん用意されたリポと様々な工具、プロペラもほんとにいっぱい入ってます。

そしてモーターマウントにセットされプロペラまでが取り付けられた、予備のパワーユニット。そんな色々は、絶好の飛行日和を台無しにしないための工夫です。

風の工合を見ながら、季節の変化を感じながら、のんびり、のんびり。
秋の声が聞こえ始めた今からが、リラックスフライトシーズンの始まりです。
龍田さんはリラックス飛行の達人です。
風の強い日や雨模様の時には龍田氏は決して飛行機を飛ばしません。
「こんな風なら大丈夫だよ」と仲間がけしかけても、自分が飛行に適さないと思った日には何と言われようと決して飛行機を空に上げようとはしません。
これこそがリラックス飛行の極意じゃないかと僕は睨んでいるのです。
穏やかな人柄の龍田氏ですが、飛行機には氏のこだわりがあふれています。
この機体は三好氏が製作されたオリジナル機ですが、龍田氏の手に渡ってからは独自の改造とセッティングの変更が行われ、飛行も雰囲気も全く別の新たなオリジナリティーを獲得したように思えます。

フィールドBOXの中にもリラックス飛行のための様々な秘密が詰まっています。
たくさん用意されたリポと様々な工具、プロペラもほんとにいっぱい入ってます。

そしてモーターマウントにセットされプロペラまでが取り付けられた、予備のパワーユニット。そんな色々は、絶好の飛行日和を台無しにしないための工夫です。

風の工合を見ながら、季節の変化を感じながら、のんびり、のんびり。
秋の声が聞こえ始めた今からが、リラックスフライトシーズンの始まりです。
模型飛行機をつくろう!
僕の大好きな、三好さんのこと。
みなが敬意と親しみを込めて気軽に話しかける三好さんは80歳になられました。
けど、模型飛行機で一緒に遊んでいる時の三好さんは、60歳と言っても充分に通用する快活さで、時として河原の砂地を駆けまわったりします。

それだけでも充分、驚嘆に値する元気な80歳なのですが、モデラーが驚愕するのはその凄まじいばかりの製作意欲です。
年令を重ねられた方の意欲的な様を言う時によく「若者にも負けない」とか言いますが、そうした表現は三好さんには当てはまりません。
現在、三好さんが自作される機体の数は年間10〜20機。そのすべての機体について詳細な図面を作成し、部品を切り出し、組み立てて、フイルムで仕上げるのは半数だけ。水上機やスケール機などの残りの機体は、紙張りラッカー仕上げにウレタンコートという、私など尻込みしてしまうような手間ひまのかかったものです。
若者に負けないどころか、そんな事のできる若者が果たしてこの世にいるのかしらと考えてしまいます。
三好さんの機体に書かれた通しナンバーは自作された機体の数です。
この機体は本年4月頃に製作されたもので330番め。
ですがこれ以降既に4〜5機の新作機が完成しています。

しかも通し番号を付け始める前に自作した機体がさらに200機くらいはあると仰る。
500機を遥かに超える自作機!!
三好さんには模型の神様がついているのだろうか、などと呆然としながらも、ふと欲どおしい想いを抱いてしまう事があります。
「自分も運さえよければ三好さんの80歳まで、あと35年間、模型飛行機を作って飛ばし続ける事ができるのかも知れないな」
けどそれは並み大抵の事ではないと解ります。
「自分は模型飛行機が好きだな」と思う時、どんな模型を作ってきたのか、どんな模型を持っているのか、次にはどんな飛行機が作りたいのかといった、至極簡単な事を考えるだけでした。でも5年前に三好さんに会ってからは、模型好きの自分の未来というものについても考えるようになってしまいました。
「10年後の自分が、模型をどんな風に愛しているのか、そして模型からどんな風に愛されているのだろうか、20年後は、30年後は‥‥」
とてもじゃないけど、三好さんのようになれる気はしません。
数ヵ月間、僕の模型の製作は止まったままです。
これじゃ模型の神様に嫌われてしまいます。
模型飛行機をつくろう。
口先はいいから、もっと模型飛行機をつくろうと思います。

三好さんの400モーターオリジナル無尾翼機。
数年前に作られたものですが、無尾翼機の話題が出ると翌週必ず持って来てくれます。毎回「重心が合わんのじゃ」と言いながらも伸びやかな飛行ぶりです。
みなが敬意と親しみを込めて気軽に話しかける三好さんは80歳になられました。
けど、模型飛行機で一緒に遊んでいる時の三好さんは、60歳と言っても充分に通用する快活さで、時として河原の砂地を駆けまわったりします。

それだけでも充分、驚嘆に値する元気な80歳なのですが、モデラーが驚愕するのはその凄まじいばかりの製作意欲です。
年令を重ねられた方の意欲的な様を言う時によく「若者にも負けない」とか言いますが、そうした表現は三好さんには当てはまりません。
現在、三好さんが自作される機体の数は年間10〜20機。そのすべての機体について詳細な図面を作成し、部品を切り出し、組み立てて、フイルムで仕上げるのは半数だけ。水上機やスケール機などの残りの機体は、紙張りラッカー仕上げにウレタンコートという、私など尻込みしてしまうような手間ひまのかかったものです。
若者に負けないどころか、そんな事のできる若者が果たしてこの世にいるのかしらと考えてしまいます。
三好さんの機体に書かれた通しナンバーは自作された機体の数です。
この機体は本年4月頃に製作されたもので330番め。
ですがこれ以降既に4〜5機の新作機が完成しています。

しかも通し番号を付け始める前に自作した機体がさらに200機くらいはあると仰る。
500機を遥かに超える自作機!!
三好さんには模型の神様がついているのだろうか、などと呆然としながらも、ふと欲どおしい想いを抱いてしまう事があります。
「自分も運さえよければ三好さんの80歳まで、あと35年間、模型飛行機を作って飛ばし続ける事ができるのかも知れないな」
けどそれは並み大抵の事ではないと解ります。
「自分は模型飛行機が好きだな」と思う時、どんな模型を作ってきたのか、どんな模型を持っているのか、次にはどんな飛行機が作りたいのかといった、至極簡単な事を考えるだけでした。でも5年前に三好さんに会ってからは、模型好きの自分の未来というものについても考えるようになってしまいました。
「10年後の自分が、模型をどんな風に愛しているのか、そして模型からどんな風に愛されているのだろうか、20年後は、30年後は‥‥」
とてもじゃないけど、三好さんのようになれる気はしません。
数ヵ月間、僕の模型の製作は止まったままです。
これじゃ模型の神様に嫌われてしまいます。
模型飛行機をつくろう。
口先はいいから、もっと模型飛行機をつくろうと思います。

三好さんの400モーターオリジナル無尾翼機。
数年前に作られたものですが、無尾翼機の話題が出ると翌週必ず持って来てくれます。毎回「重心が合わんのじゃ」と言いながらも伸びやかな飛行ぶりです。
